生き方

「好きなことで生きていく」社会は能力最適化が進んだスーパー競争社会だけど勝ち筋はあります

2019年6月6日

こんにちは、ブロガーのyonoiです。

最近、オーバーウォッチというゲームに2年ぶりに復帰しました。

6vs6のチームに分かれて戦うシューティング系のゲームなのですが、久しぶりにプレイしてみるとこれがかなり楽しい…!あらためてハマっています。

もともとキャラクターの数が多いゲームではあったのですが、新たに追加されたキャラクターもたくさんいて、キャラ性能を確認するところから始めています。

立ち回りを研究したりはもちろん、旧仕様から変更された既存キャラクターのチェックも含めて、本当に時間がいくらあっても足りません。

パラディンズが流行ってるみたいだし、神ゲー「オーバーウォッチ」をプレイしてみませんか?

このようにゲームにハマると、ついこれが本業にならないものかと思ってしまいますよね。

では、今のゲームを取り巻く環境は、あわよくばゲームで稼ぎたいと考えているプレイヤーの立場から見て、どういったものなのでしょうか。

プロゲーマーという職業は認知されてきたのか?

先日、GoogleがStadiaという新サービスでゲームプラットフォームへの参入を発表しました。

AppleもArcadiaというプラットフォームを公開しており、世界のゲーム市場は2018年には14兆円に到達する勢いで拡大を続けていると言われています。

また、これまでゲーム専用機でライバル関係にあったソニーとマイクロソフトもゲーム分野で提携することで話題を呼びました。

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-05-20/PRS4RA6S972901

このようにゲーム業界が一段と活性化していく中、業界規模が今後も拡大していくことは間違いありません

e-sportsという言葉もここ数年で一般層にまで浸透してきたように思いますし、またプロゲーマーという存在も、開催される大会の賞金総額のものすごさも相まって一層認知されてきたように思います。

なお、Dota2の世界公式大会などは、賞金総額が28億円と桁違いです。

海外では年収が数億円のプレイヤーも現れており、日本でもプロライセンス制度の整備に伴って高額賞金を用意する大会も出てきています。

また、ゲーム実況なども、Youtubeなどの動画分野全般が伸びていることもあり、非常に好調です。

「好きなことで生きていく」という生き方が夢物語ではなさそうな世の中になっているかのように見えます。

好きなことで生きていく、という言葉はすべての人に恩恵をもたらすのか

これからの世の中は、AIなどによりどんどん労働が変質していくと言われています。

AIによって人がやらなければならないことが減り、その代わりに遊びが仕事になる、とも言われます。

これまではただの娯楽と捉えられていたことをどのようにしたらマネタイズできるか、という視点は、今後重要になってくると思います。

しかし、誰しもが遊びを仕事にできるかというと、それは難しいのではないかと思います。

万人が好きなことで生きていく世界は超競争化社会

一般的に、好きなことと得意なことは同じだったりします。好きこそものの上手なれ、という言葉のとおり、好きな物事には集中できるものですし、その分成果もあげやすいとも言えます。

しかし、この原理に従う人が増えれば増えるほど、競争はハイレベル化するとも言えます。

これまでは、好きだったり得意だったりしても、旧来型の常識に抑圧されるかたちで退出してしまうという人は多かったのではないかと思います。

それゆえにブルーオーシャンだったともいえます。参入障壁が物理的、金銭的ではないがゆえに、これまで競争から降りていた強者たちが参加してくることによって、一気にレッドオーシャン化することは想定できることです。

また、プロゲーマーにしろ実況配信者にしろ、相当のスキルを求められることは確かです。

プロゲーマーの先駆者である梅原大吾氏の練習に対するストイックさは有名ですし、実況配信にしても、視聴者が楽しめる喋りを入れながらそれなりのプレースキルを見せるのは簡単なことではありません。

また、実況配信系は特にその配信者の言葉の選び方などに人柄的なものも出てしまいます。

そういった部分はコントロールしづらい部分だったりするため、根本的に性質が向いているタイプでなければ、難しいような気もします。

席の数は決まっている

参入者やユーザーが増えていくにつれ、嗜好は細分化されていくとは思いますが、基本的には勝者総取りの構図は大きく変わらないように思います。

Youtuber界隈が活況を極めたとしても、何人ものHIKAKINが現れるわけではありません。

絶対王者として君臨するもの周辺に、何とか少数の競合者が存在できるくらいなのではないでしょうか。

これはブログやウェブサービスでも同じこと。インターネットの根本的な構図のようにも思えます。

価値観の軸をずらすことでブルーオーシャンをどう作れるか

クソゲーという言葉があります。

30年近く昔のゲーム黎明期は、今では考えられないようなクオリティのゲームが存在していました。

なけなしのお小遣いで買ったゲームソフトがそういったクオリティのもので、悲しい思いをした当時の小学生は少なくなかったと思います。

しかし、そのクオリティの低さをある種のポジティブな視点でとらえなおしたときに、そのクソさはコンテンツになります。

物事に何かしらのインパクト、つまり極端さを見いだせれば、それはどう切り取るかでコンテンツになりえます。

ゲームのクソっぷりを面白いと解釈することは、人間だからこそできることです。

価値観を持つこと、価値を解釈することは、まだAIにはできません。

価値観を持つことは「面白がること」と同義です。

ありふれたことをどう眺め、どこに面白さを見出し、それを他人にどう伝えるのかが重要です。

AIが台頭してくることがそう遠くない今だからこそ、人間にしかできない「面白がること」が必要ではないでしょうか。

インターネットは勝者総取りの原理に加え、先行者優位の原理もまた有効です。

対AIだけでなく対人間的な意味でも、これまでに存在してない価値観をうまく創出できれば、そこは既存の競争の軸からずれたブルーオーシャンになりえます。

誰も先行者がいないフィールドを見つけることさえできれば、大きな果実を得ることができるのではないかと考えています。

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